1999年から横浜でビールを造り続ける横浜ビールの取り組みが、ここ数年、少しずつ変化してきています。といっても、ビール造りや活動の方針に変化があったわけではなく、取り組みの伝え方が、これまでとは少しずつ変わってきているといえばいいでしょうか。
横浜ビールでは以前から地域とのつながりを持った活動を行っていましたが、それをSNSやnoteで発信したり、シーズナルビールをリブランディングしたりすることで、活動をより多くの人に伝えられるようになってきました。
つまりは、マーケティングを変えたともいえるでしょう。新たなマーケティング施策によって、横浜ビールは新たなファンを獲得できるようになってきています。
では、なぜ横浜ビールは取り組みの伝え方を変えるようになったのでしょうか。その理由や取り組みの狙いについて、横浜ビールの横内勇人さんと工藤葵さんに話を聞きました。
人を伝えることでストーリーや価値も伝わる
――以前から、横浜ビールは地域とのつながりを意識したビールを造っている印象がありました。瀬谷の小麦ビール(現・横浜ウィート)や横浜綱島桃エール、横濱元町カカオビールなど、横浜の地名がついたビールもありますが、創業当初から地域を意識したビール造りをしていたのでしょうか?
横内:横浜ビールは1999年にビールの製造免許を取得して、それ以来ビールを造り続けてきていますが、地域と関わるようになったのは10年くらい前からでしょうか。醸造所の2階には驛(うまや)の食卓というレストランがあるんですが、前社長のときに、驛の食卓で地元の野菜やお肉など地元の食材を使ってその価値を伝えていこうという方針になったんです。
――地域とのつながりは、ビールからということではなく、レストランで提供する料理から始まったんですね。
横内:そうですね。そこからビールも同じような取り組みをしていこうということになって、少しずつ農家の方を紹介してもらえるようになりました。例えば、綱島には桃農家の池谷さんが大切に育てた日月桃(じつげつとう)という綱島原種の幻の桃があります。その傷ついて廃棄しなければならなくなってしまった桃を使用させていただき、綱島桃エールを造るようになったんです。
――そういった地域との関わりを持ったビールを造ったのは、綱島桃エールが最初だったんですか。
横内:その前から地域のものを使ったビールを造っていたとは思いますが、農家を実際に訪れて仕入れてビール醸造に使ったのは綱島桃エールが最初だと思います。そして、その時期から、横浜ビールは地域の人を伝えていくという方針になっていきました。
――人を伝えるというのはどういったことでしょう?
横内:その頃に前社長が感じていたことなんですが、ストーリーや価値を伝えられるのは素材だけではないんですよね。素材を作る人の人柄に魅力があるんです。農家の方に何度も会うようになるとその人のことが好きになり、その人のことを伝えたくなる。その気持ちが、料理を食べてくれる人にも伝わっていく。だから、前社長はスタッフに「生産者には必ず会いに行け」と言っていましたね。
――横浜ビールは「ビールと食であなたと私にワクワクを!」をコンセプトにしていますが、その人のことを伝えたくなるということがコンセプトにつながっているようにも思いますね。
横内:そうですね。おいしいと思ってもらうだけでなく、楽しくなるような気持ち、人にも伝えたくなるような気持ちになってもらえれば。自分たちもワクワクしないと相手にも伝わらないですから。
継続的に地域と関わっていくために横浜ビールができること
――横浜ビールの地域との取り組みについて、もう少し教えてください。他にはどういった取り組みを行っているのでしょうか。
横内:例えば、横浜市瀬谷区で造っている小麦を使ったビールです。横浜といえば都会のイメージがあるかもしれませんが、瀬谷区には畑があって小麦も作られています。昔は70世帯くらい小麦を作っている農家がいたそうですが、現在は岩﨑さんだけ。岩﨑さんとその思いを伝えるために、瀬谷の小麦ビール(現・横浜ウィート)というビールを造ったんです。
――ビール造りに小麦を使いたいからということではないんですね。
横内:はい。スタッフみんなで小麦作りにも参加させていただいています。そこでわかったんですが、小麦作りは超重労働なんですよ。小麦作りから離れてしまう人がいるのもよくわかりました。
――農業は小麦に限らず、重労働になってしまいがちなのが難しいところですよね。
横内:そうですね。それでも小麦を作っているのは、土壌をよくするためなんです。小麦を収穫したあとの畑で野菜を育てると野菜がおいしくなる。だから、大変でも小麦を作っているんですね。それを自分たちで体験することで、伝えたくなるんですよ。驛の食卓では、瀬谷の小麦を使ったパスタなども提供しています。
――横浜市以外でも、山梨県道志村の水を使ってビールを造っていますが、こちらはどういった取り組みなんでしょうか。
横内:道志村は横浜市の水源なんです。ここの湧き水を運んできて、道志の湧水仕込というビールを造っています。ただそれだけではなく、道志村とは3年前から「フードループ」という取り組みも行っているんです。
フードループとは、その名のとおり食の循環です。レストランで出た残飯やビール醸造で不要になったモルトの粕などを、ゴミ収集会社が堆肥にして道志村に持っていきます。そして、その堆肥を使って育てた野菜を横浜のレストランで使うという循環を作っているんです。
――まさにSDGsの取り組みともいえますね。
横内:といっても、SDGsを意識したわけではありません。どうしたら道志村と継続的につながりを持てるかということを考えた結果です。また、売上の一部を道志村の小中学校にも還元しています。お金を寄附するのではなく、生徒の希望を聞いて、それを叶えるという方法ですね。自分たちの水が役立っているんだと、自分の住む村に誇りを持つきっかけになればと。
思いをしっかり伝えるためのリブランディング
――そういった取り組み自体は、詳細までは知らなくてもコアな横浜ビールファンなら知っていたと思います。しかし、ここ数年で発信方法を変えたり、マーケティングを変えたりしたのは、どういった理由があるのでしょうか?
工藤:まず、横浜ビールの取り組みを、コアなファンでないと理解していないということが課題としてありました。そこで、今年2021年からシーズナルビールをリブランディングして、「めぐりあい」というブランドにしたんです。
――農家の思いを伝えるという気持ちはあったものの、しっかりと伝えるところまで至っていないということに気づいたわけですね。
工藤:はい。横浜ビールのシーズナルビールには、地元の生産者の方々が作った貴重な果物や原料となるホップなどを使っているという魅力があります。そして、生産者との関係性がとても大切だということをスタッフみんなが理解していました。思いを伝えるためにそれをブランドとしてまとめたかったんです。
横内:それがめぐりあいというブランドになりました。ただ、このようなリブランディングは新しい施策ですが、本質的には何も変わっていません。横浜ビールを知っている人にもそうでない人にも、生産者の思いを伝えたいという気持ちで取り組んでいます。
noteやSNSを使った発信で得られたこととは
――伝え方という点で気になっているのは、noteやSNSでの発信ですね。ここ数年で、積極的にnoteやSNSを活用するようになったと思うのですが、その理由を教えてください。
横内:きっかけは、2019年に横浜市の新成人応援企画を考えていたときに、工藤さんに声をかけたことです。自分ではなかなかいいキャッチコピーが作れなくて。そんなときに、ビアジャーナリストアカデミーで同期だった工藤さんの活躍を見ていたので、声をかけてみたんです。そうしたらすごく素敵なキャッチコピーをつけてくれたんです。
工藤:横内さんが書いたキャッチコピーを見て、「いや、ちょっとこれは気持ち悪いです……」とかいいながら(笑)。
横内:自分では絶対に作れない表現を出してくれるんですよ(笑)。
工藤:その企画から仕事として携わる機会が増えて、横浜ビールについて調べていくうちに、取り組みを知る動線が必要だと感じました。実際に話を聞いていくと、「街のビール屋」としてのいろいろな取り組みが本当に魅力的で、格好いい会社だと思いました。それで「私に伝えさせてください!」って横内さんと社長にプレゼンして、noteで発信するようになったんです。
――発信する媒体としてnoteを選んだのはなぜでしょう?
工藤:まず、noteを使う企業が増えてきたということがありますね。アーカイブが見やすいというのもnoteのいいところですし、今後SNSも進めていくということを考えると、Twitterユーザーもよく使っているnoteかな、と。
横内:営業資料としても、noteの記事が役立っていますね。それまではパワーポイントの資料しかなかったので。
――Twitterよりも前にnoteを始めたんですね。
工藤:Twitterのアカウントを作ったのは2020年8月くらいです。11月に横浜ラガーの缶ビールを発売するとなって、そこから本格的に運用するようになりました。
横内:横浜ラガーの缶ビールを出すようになったのは、もっと身近な存在になれるように、ということですね。コンビニ展開もしていますが、まずは数量限定で完売して、その実績を繰り返して地域限定で常設してもらうのが目標です。
工藤:その横浜ラガーのプロモーションとしてTwitterを活用しました。そこで#横浜ビール缶ビール見つけたというハッシュタグを使ったキャンペーンを展開したんですが……。
横内:これはヤッホーブルーイングさんの手法をイメージしてやっていたんですけど、事前に販売する店舗をリリースで公表してはいけないということになってしまったんです。なので、コンビニで買えるといっているのに、どこのコンビニで買えるのかわからないという事態に。
工藤:ヤッホーブルーイングさんと違って、本気で探さないと見つからないキャンペーンになってしまいました(笑)。
――想定と違ったキャンペーンになってしまったものの、Twitterを始めた効果は感じられたのでしょうか?
横内:Twitterで横浜ビールのファンの方々と出会えたということは収穫でした。これまではこちらからの一方的な発信だったのが、双方向になった。Twitterでは、フォロワーをただ増やすということではなく、ファンの方々と横浜ビールが両思いでいられるように交流を重ねて、ワクワクを届けていくということを大切にしたいと思っています。
横浜ビールファンとの関係性の新しい形
――SNSでファンと出会えたいうことに関連して聞きたいのですが、ランニングクラブやフットサルクラブなどを作って、ファンマーケティングのような施策も行っていますよね。
横内:そうですね。Mikkeller Tokyoがミッケラーランニングクラブを運営していて、自分自身もそれに参加したんですが、「これを横浜でもやってみたい!」と思ったのが横浜ビールランニングクラブを始めたきっかけです。ランニングした後ってビール飲みたいですよね。
――横浜ビールランニングクラブでは、どのような活動を行っているんでしょうか?
横内:月に1回、5キロメートルくらいをみんなでランニングして、参加者は無料で横浜ビールを1杯飲めるというクラブです。自分が楽しいからということで始めたんですが、このクラブがコミュニティーになったんですよね。このクラブの方々が僕たちの一番のファンともいえるくらいになって、何かあればいいことも悪いことも全部伝えてくれる。感謝しかないです。
――そういった関係性を期待してクラブを始めたということではないんですね。
横内:結果的にこのような関係性になったという感じです。このクラブの方々は、みなさんが自主的に人を呼んで横浜ビールにつれてきてくれるんです。そして、その方々がまたファンになってくれる。すごくいい関係性が構築できていると思っています。
意図的に始めたのはフットサルクラブですね。副店長の廻が2021年6月に立ち上げたんですが、こちらもいい交流の形ができています。横浜ビールランニングクラブに比べて、若い人たちが参加してくれているのが特徴的です。
――ほかにも、ビアバイクを使ったイベントも行っているんですよね。
横内:ビアバイクは移動式のビアカウンターで、みんなでペダルを漕ぎながら移動する乗り物です。僕自身がハワイで体験してぜひ横浜でもやりたいと思ったんですが、当時いくら検索してもビアバイクの映像が出てこなかったんです。
――今でも一般的に知られている乗り物ではないと思いますが、当時はまったく知られていなかったんですね。
横内:でも、ビアバイクを作っている動画をなんとか見つけ出して、そこの会社に問い合わせました。大阪の会社だったんですが、作ったビアバイクは宮崎県にあるということだったんです。さらに聞いてみると宮崎県の飫肥(おび)というところで、電話に出てくれた栗崎さんは僕の父親と同じ小学校出身だったんですよ。奇跡かと思いました! そんな話で意気投合して、会社総出で、横浜までビアバイクを持ってきてくれました。
――そのビアバイクを使ってどのような取り組みを行ったんですか?
横内:横浜にはたくさんのブルワリーがあるんですが、それをビアバイクに乗って3ヵ所の醸造所を巡るツアーをやりました。日本初、いや、おそらく世界初のツアーだと思います。横浜ビールランニングクラブのメンバーもボランティアとして手伝いに来てくれて。
――ビール中心として、そこからさまざまな取り組みが派生していっている感じでしょうか。
横内:そうですね。ただ自分としては、横浜ビールだけを広めていきたいと思っているわけではありません。横浜には歩ける距離にたくさんの醸造所がある日本で唯一の街。そのことを知ってもらいたいんです。
そしてその横浜で、1杯目は横浜ビールを飲んでもらいたいなとは思うんですが(笑)、多くの人がもっとたくさんのクラフトビールを楽しめるようなライフスタイルになってもらえれば。そうすれば、クラフトビールを飲む人の数も増えて、結果的に横浜ビールを飲んでくれる人も増えるんじゃないかと思っています。
ビールを売るということだけを考えるとうまくいかない
――マーケティングや取り組みに対する考え方について、もう少し教えてください。取り組みを行うにあたって、ターゲットは設定しているのでしょうか。
横内:具体的には決めていないです。横浜市民と横浜を好きな人たちというくらいでしょうか。通販を始めてわかったんですが、横浜ビールを買ってくれる人の多くは、横浜に何かしらのゆかりがあるんですよ。かつて横浜に住んでいたことがあったり、横浜出身だったりする人たち。横浜はみんなに愛されてる街なんです。そういった横浜を思う人たちをワクワクさせたい。年齢層や性別は関係ないと思っています。
工藤:横浜や横浜ビールを好きな人たちが対象なので、何か施策を行うときは必ず目的を確認してから進めるようにしていますね。私たちの企画を受け取った人が楽しい時間を過ごせるかどうか。それを軸として企画を考えています。
横内:本当にそれが大切なんですよね。ビールを売るということだけを考えるとうまくいかない。横浜にはみなとみらいも畑もある。横浜のさまざまな文化や人を伝えていくのが基本です。
――最後に、横浜ビールがさまざまな取り組みを行う上で、ほかにも大切にしていることがあれば教えてください。
横内:取り組みを行うにあたって、ビールの品質がいいということは大前提だと考えています。横浜ビールの醸造メンバーは控えめなのであまり言いませんが、ビール造りには本気でこだわっているんです。「飲み飽きないビール」「自分たちがおいしいと思うビール」「徹底した清掃」が横浜ビールのこだわりで、僕も本当においしいと思っていつも飲んでいます。
――確かに、ブルワリーとしてはおいしいビールを造ることが最も大切なことですからね。
横内:その上で、横浜ビールでは、ヤッホーブルーイングさんをはじめほかのブルワリーの施策などを参考にしつつ、できるところから取り組んできました。
工藤:SNSなどの取り組みはファンの方々と交流しながら、無理せずに続けていくことが大切かもしれないですね。
横内:横浜ビールは、いわゆる地ビールといわゆるクラフトビールのちょうど間にいるというか。なので、ほかのブルワリーとはかぶらない立ち位置にいながら、今後もそういった取り組みを続けていければいいかなと。
工藤:確かに立ち位置はちょっと独特な部分もありますね。先日発売された某雑誌に載らなかったのも、もしかしたら横浜ビールの立ち位置が理解しにくいのかも……。
横内:まだまだ努力不足だということで頑張ります(笑)。僕たちの思いがまだ届いていなかったんだなと思って。