クラフトビールという言葉をどう考える?巷のクラフトビール論

クラフトビール論 コラム

クラフトビール論

クラフトビールとは何を指す言葉なのでしょうか。果たして必要なのでしょうか。

クラフトビールという言葉は、ビール醸造家やビールファンなどの間で、思い入れを持って扱われてきました。また、ここ数年でクラフトビールといわれるビールが人気になっていることもあり、一般的にも知られる言葉となっています。

その一方で、クラフトビールという言葉の扱い方が人によって異なり、定義を共有できているわけではありません。結果、「これはクラフトビールではない」「いや、クラフトビールだ」といった結論のない議論が起こることもあります。

これらの議論に対しては、ひとりのビールファンとして興味深い部分がありつつも、それぞれが強い思い入れを持っていることもあり、ときには険悪な雰囲気になってしまうことに違和感を持っていました。

そもそも、みんなおいしいビールを楽しく飲みたいと思っているはずなのに、なぜ結論の出ない険悪な雰囲気の議論になってしまうのか。今回の記事を書くきっかけのひとつは、そういった疑問によるものです。

クラフトビールという言葉の使い方の議論で、そんなに険悪な雰囲気になってしまうのであれば、クラフトビールという言葉自体なくなってしまってもいいのではないか。ビールはビール、ビールを分類したいならスタイルで分ければいい。もちろんクラフトビールという言葉の有効性やこれまでの役割は理解していますが、前提として、私はざっくりとそんな考えを持っています。詳しくはまた何かの機会に書きたいと思います。

そこで、世の中はクラフトビールという言葉が必要だと思っているのかどうか、Twitterでアンケートを取ってみました。とはいえ、これはクラフトビールという言葉が必要かどうかという結論を出すことが目的ではなく、

  • 現時点で自分の考えは受け入れられるのかどうか
  • 世の中はクラフトビールという言葉に対してどのようなイメージを抱いているのか

ということを知るための実験的なアンケートです。クラフトビールという言葉イメージについては、回答の理由としてツイートのコメントに書いてもらうようにしました。これによって、クラフトビールという言葉を定性的でいいのでまとめてみたいという思いもありました。

アンケートを行ったところ、314票のうち57%がクラフトビールという言葉が「必要」と考えているという結果になりましたが、非常に興味深い意見や自分にはない考え方を知ることもできました。これをツイートのまま流してしまってはもったいないと思い、文章としてまとめておきたく、この記事を執筆しています。

現状、クラフトビールという言葉の使い方に正解はないのではないかと思っています。それぞれがクラフトビールの定義を持っているともいえるでしょうか。この記事を読んでいる方々の「クラフトビール観」を構築するひとつのヒントとして、この記事を読んでいただければと思います。

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そもそもクラフトビールとは?

アンケート結果について分析する前に、クラフトビールとは何かを議論する際に持ち出される定義を2つ紹介したいと思います。

これらの定義と私自身のクラフトビールという言葉に対する考え方については、拙著『教養としてのビール』第2章「『クラフトビール』が何かは誰もわかっていない」で詳しく書いていますので、興味のある方はぜひご覧ください。

以下、『教養としてのビール』に記載したことを簡単にまとめます。

アメリカでのクラフトビールの定義

クラフトビールという言葉は、アメリカで生まれた言葉です。1960年代、70年代のアメリカでは、大手ビール会社の軽い口当たりのビールばかり飲まれていました。それが没個性的で工業的なイメージもあり、大手ビールに対するアンチテーゼとして生まれたのがクラフトビールです。

そのアメリカでは、1987年にクラフトブルワリーを定義しようという動きがありました。そこから少しずつ定義の変遷がありましたが、現在ではアメリカのブルワーズ・アソシエーション(醸造家協会)が以下のようにクラフトブルワーを定義しています。

  • Small
  • Independent
  • Brewery

簡単に言うと、小規模で大手資本などから独立した醸造所ということです。詳しくはブルワーズ・アソシエーションによるクラフトブルワーの定義をご覧ください。

ただ、ここで注意しておきたいのはクラフトブルワーの定義であって、クラフトビールの定義ではないということです。自分が知らないだけかもしれませんが、他にクラフトビールを定義している話は聞いたことがありません。

いずれにしても、ブルワーズ・アソシエーションのクラフトブルワーとして定義された醸造家が造るビールが、アメリカではクラフトビールと認識されていると考えていいでしょう。この定義に当てはまったビールのラベルには、「Independent Craft Brewer Seal」というマークを記載することができます。

日本でのクラフトビールの定義

では、日本ではどのように定義されているでしょうか。

知恵蔵で調べてみると、

特定の地域で限定生産された地域・店舗の固有ブランドとして認知されるビール。「地ビール」ともいう。小規模な会社によって特徴的な方法により製造されたビールで、独自の製法で醸造し、色や味わいに特徴がある個性的なものが多い。米国では麦芽100%の伝統的な製法によるビールをクラフトビールと定義付けているが、日本ではまだ厳密な定義付けはされていない。

とあります。これは2015年の記述ですので、現状とは少し異なります。また、クラフトビールと地ビールの違いについても、いろいろと意見があると思いますが、ひとまずここでは同一のものとして話を進めましょう。

2021年現在では、全国地ビール醸造者協議会(JBA)が、クラフトビール(地ビール)を以下のように定義するとしています。

1.酒税法改正(1994年4月)以前から造られている大資本の大量生産のビールからは独立したビール造りを行っている。
2.1回の仕込単位(麦汁の製造量)が20キロリットル以下の小規模な仕込みで行い、ブルワー(醸造者)が目の届く製造を行っている。
3.伝統的な製法で製造しているか、あるいは地域の特産品などを原料とした個性あふれるビールを製造している。そして地域に根付いている。

クラフトビールをこのように定義するとしていながら、実態は醸造所の定義になっています。ですが、ひとまずこのような醸造所が造るビールをクラフトビールとしていると見ていいでしょう。簡単に言うと、大手と関わりのない醸造所が造るビールがクラフトビールだということです。日本国内では、これ以外の定義を見たことはありません。

肌感覚としては、この定義は日本のビールファンが持っている考え方に近いのではないかと思います。しかし、このように定義してしまうと、市場の実態と矛盾も出てきます。

例えば、ヤッホーブルーイングが販売しているよなよなエールの缶には「クラフトビール」との記載があります。しかし、ヤッホーブルーイングはキリンビールと資本提携しており、大資本の大量生産のビールからは独立したビール造りを行っているとはいえない状況です。
ほかにも、大手ビール会社から「クラフト」という名前のついたビールが販売されています。

そういった矛盾が出てきていることから、ビールファンの間で「このビールはクラフトビールか否か」という議論が起こることになります。人によってクラフトビールの定義が異なり、そこにそれぞれの強い思いも加わることから、結論のない議論になることもあるのではないでしょうか。

こういった議論に定量的な分析はあまり意味をなしません。それを理解した上で、「クラフトビールという言葉が必要かどうか」というアンケートを行ったのは、冒頭で述べたように、世の中はクラフトビールという言葉に対してどのようなイメージを抱いているのか、コメントしてもらい、その傾向を知るという目的もあったからです。

ということで、アンケートの結果を見てみたいと思います。

クラフトビール必要派と不要派の考え

クラフトビールという言葉は必要か不要かということについては、前述のとおり結論が出ています。6:4で必要という結果になりました。また、そもそもアンケートのツイートが少し不要論を煽った感じもあるので、必要だと思う人のほうが6:4よりもう少し多いのではないかと考えています。

その上で、なぜ必要だと考えているのか、なぜ不要だと考えているか、という意見をまとめてみました。なお、クラフトビール必要派、不要派の意見とまとめていても、そのツイートをした人がそのとおりに投票したかはわかりません。意見の内容から必要派・不要派を判断してまとめています。

また、意見は引用ではなく筆者が簡潔にまとめたものですので、原文を知りたいという方は、下記ツイートからリプライや引用リツイートをご覧ください。

クラフトビール必要派の考え

クラフトビールという言葉が必要だと考える方の意見は、以下のようなものでした。

  • クラフトマンシップを持ってビール造りをしているのは、大手ビール会社も小規模醸造所も同じなので、区別は不要。しかし、商売としてはクラフトという区別があることで消費者が高い価格を許容できるのでクラフトビールという言葉は必要。
  • 歴史を尊重したいので、クラフトビールという言葉が不要とは言えない。意味以上の価値を持っている特別な単語
  • クラフトという4文字に職人、ローカルといったポジティブな意味を感じ取れる
  • マーケットを分析するためには必要。
  • ビールならなんでもいいという人と、味にこだわる人とを区別するためにもクラフトビールという言葉は必要。
  • 大手のマーケティングや、駆け出しのブルワリーに必要なワード。ある程度地位を確立したブルワリーには必要ない。クラフトビールという言葉は、消費者へのアピールにうまく使われている。
  • 大量生産・大量消費へのカウンターとしての「クラフト」という概念を、漠とした輪郭にせよ提供側と消費者側が共有していることは、ビール文化を豊かにする原動力になっている
  • 必要か不要かではなく、世界的にクラフトという言葉は定着しているので、それを否定する意味もない。

意見を大きく分けると、マーケティング用語として必要クラフトビールという言葉が単なる意味以上の言葉となっているので必要という感じでしょうか。比較的ビールについて詳しい人が回答している感じもあります。

クラフトビール不要派の考え

では、クラフトビールという言葉が不要だと考えている方の意見を見てみましょう。

  • 必要か不要かといえば不要派。しかし、「クラフト」という言葉が生み出すマーケットを必要だと感じている人がいるのも理解できる。その際に、曖昧な部分が多すぎて、恣意的に運用されるのが問題
  • ビール通ではない人にとって、クラフトビールかどうかといった議論は面倒なだけで、ハードルを上げる原因になっている。
  • クラフトビールとクラフトではないビールが生まれてしまうので不要。ビールにそんな境界はなく、言葉によって差が生じるのは違和感がある。クラフトという言葉ではなく、ビールのスタイルが共通言語として浸透すれば解決するのでは。

クラフトビールという言葉が不要だという意見としては、クラフトビールとそうでないビールを分ける必要性があるのか、という点に疑問を感じているのが大きいように思います。また、不要だと思っている一方で、必要派と同様に、マーケティングには必要だと思っている方もいるようです。

今回のアンケートの結論

今回の意見を見てかなり大雑把に言ってしまうと、クラフトビールという言葉がマーケティング用語として使われていることを認めつつ、それを許容できるかどうかが、必要派・不要派の大きな違いのようにも思えます。
そして、それを許容できる人のほうが多いというのが、クラフトビールという言葉をめぐる現状ではないでしょうか。

ただ、やはり今回の回答を見ると、ある程度ビールに詳しい方が回答しているようにも思いますので、ビールにそこまで詳しくない人がクラフトビールという言葉に対してどう考えているかということまでははっきりわかりません。

そしてもうひとつ、あるビールをクラフトビールとして認められるかどうか、どのようなビールがクラフトビールなのか、という視点もあります。

その点については、また別な調査が必要でしょう。また何かの機会に調査してみたいと思います。

そして、そうやって調査を続けていくうちに、クラフトビールという言葉に対するイメージや使われ方が変わっていくかもしれません。そういった変化の記録という意味でも、定期的にアンケートを行ったり、意見を聞いたりして、記事としてまとめていきたいと思っています。

投稿者プロフィール

ビールライター。法政大学社会学部卒業後、出版社でライター・編集者として雑誌・書籍の制作に携わる。その後、中国留学、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経てビールライターとして活動中。日本ビアジャーナリスト協会主催のビアジャーナリストアカデミー講師も勤める。著書『教養としてのビール』(サイエンス・アイ新書)など。

執筆・監修・出演など、お仕事のご依頼はお問い合わせフォームからご連絡ください。

著者:富江 弘幸
コラム
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